水は命を育み、そこに人を集め独特の風景と文化を生み出します。
例えば、春は桜。
川べりや堀に並ぶ桜の花が一斉に開き、花びらが水面を染めていきます。
私が住む東京でも目黒川や隅田川、皇居の千鳥ヶ淵、上野の不忍池、井の頭公園の井の頭池などが有名ですし、他にも堀や池や川と桜とが作る美しい風景が全国に無数に存在します。
水と夏の風景
夏は花火。
全国の川や湖、海で花火が打ち上げられます。
打ち上げ花火は江戸時代中期の享保18年(1733年)、享保の大飢饉や疫病で亡くなった人たちを弔うために、隅田川で行われたものが最初だとされています。
夜の闇に上がる花火の姿は、水面にも映りとても美しく見えたことでしょう。
夏の風物詩となった打ち上げ花火は、東京でも隅田川、江戸川、荒川、多摩川など17ヶ所で行われますし
・新潟県・信濃川での「長岡まつり花火大会」
・秋田県・雄物川での「全国花火競技大会『大曲の花火』」
・滋賀県・琵琶湖畔での「びわ湖大花火大会」
・大阪・淀川での「なにわ淀川花火大会」
など、全国各地で開催されます。
また、夏の京都では「川床(ゆか)」と呼ばれる納涼行事が行われます。
川床は、川岸の料理屋が夏の時期(6月から7月ごろ)に河原や川の上などに水の流れをながめることができるお座敷を出して食事を提供するもの。
川床は戦国の世が終わり、平和な時代になったころ商人たちが河原に床几(しょうぎ)を出して涼むようになったのが起源とされ、江戸時代には鴨川へ張り出したお座敷が作られるようになりました。
現在でも鴨川の西岸や、京都中心部から北へ1時間の貴船(貴船川)、また中心部から北西に1時間の高雄(清竜川)で川床が行われています。
他にも、夏といえば日本では「打ち水」をする家があります。
打ち水は庭先や家の前の道に水をまくこと。
水によって庭や道が冷やされ、同時に水が蒸発する際に周囲の熱を奪うため、温度が下がり涼しく感じるのです。
打ち水は、もともと茶の湯の際にお客様を迎えるために周辺を清める作法でした。
これが江戸時代半ば、夏の時期に涼しい空気を取り込むのと、乾いた土が舞い上がらないよう土埃を抑える目的で行われるようになっていきました。
今はエアコンの普及で打ち水をする家も減りましたが高級料亭や伝統を重んじる店などでは今でも行われています。
湧水と生きる町
私が指導をしています町工場のある岐阜県郡上市に、独特の水風景が残っています。
郡上八幡北町伝統的建造物群保存地区では湧き水や山水を水路に流し、この水をみんなで利用しています。
人が集まる洗い場「カワド」が町の中にあり、ここでスイカやビール、ジュースを冷やしたり、食べ物を洗ったり、洗濯をしたりしています。
また郡上八幡では「水舟」と呼ばれる2段から3段構えの水槽がおかれています。
水舟には水路から水が引かれ、水が溜まっていきます。最初の水槽にたまったキレイな水は飲み水や、食べ物を洗う水として使い、そこから次の水槽へ流れた水は食器洗い用として使います。
水舟の下には魚が泳ぐ池があり、食器に残っていた残飯が魚の餌になります。そうして浄化された水は水路に戻っていきます。
地下水や水路を流れる水を利用し町や集落全体で水を大切にしていく生き方は、未来へ残す文化だと私は感じています。
心につながる「水」
日本独自の表現形式である和歌や俳句の中には川や海、雨、波など、水や水をイメージさせる何かが頻繁に登場します。
例えば多くの人が一度は耳にしたことがある「百人一首」の中にも
■十三番
筑波嶺(ね)の峰より落つる男女(みなの)川 恋ぞつもりて淵となりぬる(陽成院(第五十七代・陽成天皇))
【意味】
筑波のいただきから流れ落ちてくる男女川が、最初は細々とした流れから次第に水かさを増して深い淵となるように、恋心もつのって今では淵のように深くなってしまった
■十七番
ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは(在原業平朝臣)
【意味】
(不思議なことが数々起こったという)神代の昔にも聞いたことがない。竜田川が真っ赤な絞り染めになるなどとは
■七十二番
音に聞く高師の浜のあだ浪は かけじや袖のぬれもこそすれ(祐子内親王家紀伊)
【意味】
噂に名高い高師浜の虚しく立つ波を(袖には)掛けますまい。袖が濡れると大変ですから。(浮気者と噂に高いあなたに思いを募らせてわたしの袖を涙で濡らすのはご免ですから)
など、水に関連する歌が十首以上あります。これらの和歌は憂いの心情を水に重ねていることが分かります。
また俳句の方でも有名な句として
・古池や蛙飛びこむ水の音(松尾芭蕉)
・春の海ひねもすのたりのたりかな(与謝蕪村)
・うつくしき海月(くらげ)浮きたり春の海(正岡子規)
などがあります。
これらは、水のある風景を眺めて客観的に描きだしています。しかし、実は読み手の心に静かで深い記憶を呼び起こします。和歌や俳句の中に登場する「水」に憂いや安らぎや懐かしさを感じるのは水の流れや波紋のイメージが忘れていた記憶と今とをつなげていくからなのかもしれません。
水が生み出す信仰
川や海の他に、私たちの心を捉える水の風景として「瀧」を挙げる人は多いでしょう。
水が勢いよく流れ落ち、滝つぼから無数の水しぶきが跳ね上がる。
この清涼感たっぷりの光景は私たちに癒しを与えてくれます。
「瀧」という漢字は「さんずい+龍」と書きます。水が高いところから轟音とともに流れ落ちる姿は、まさに龍のよう。
瀧は、癒しだけでなく活力もまた与えてくれます。それは、天空を飛びまわる龍のエネルギーを感じるからでしょう。
瀧や川や湖の中には、名前に「龍(竜)」の字を含むものがあります。また水辺にお宮や祠を建てて龍を祀っているところもあります。
例えば栃木県日光市の「竜頭(りゅうず)の滝」や神奈川県・芦ノ湖畔の箱根神社(九頭龍神社)。あと、京都府・天橋立の近くにある籠神社など。
龍は神であり水や天候を司り、事業運や財運、縁結びなど多くの御神徳をもたらします。
また、龍と同じく水の神様として
●宗像三女神(むなかたさんじょしん)
・市杵嶋姫命(いしきしまひめ)
・田心姫命(たごりひめ)
・湍津姫命(たぎつひめ)
●弁財天(市杵嶋姫命と同一神)
●瀬織津姫(せおりつひめ)
●罔象女神(みつはのめのかみ)
●天水分神(あめのみくまりのかみ)
●国水分神(くにのみくまりのかみ)
●淤加美神/龗神(おかみのかみ)
など多くの神々が存在し瀧や川や湖、海、水路、水源、池などで祀られています。
水の神は水を司るだけでなく、財運や出会いの運を高めあなたの才能を開花させてくれます。
水神を祀る神社をいくつか紹介しましょう。
■江島神社(神奈川県藤沢市)
江の島にある江島神社には宗像三女神と、八臂(はっぴ)弁財天、さらに「日本三大弁財天」の1つとされる妙音弁財天が祀られています。
■天河大辨財天社̠(奈良県天川村)
天ノ川流域にあり、市杵島姫命(弁財天)が祀られています。
■日比谷神社(東京都港区)
この神社に祀られる祓戸四柱大神の中に、瀬織津姫が含まれます。
■丹生川上神社 中社(奈良県吉野村)
高見川の流域にあり、罔象女神を祀っています。
水は私たちの生活に欠かすことのできないものであり、私たちに多くの実りを与えてくれます。
と同時に、ありすぎても困るもの。
例えば大雨が続くと洪水となり田畑を台無しにし、町をこわし、命を奪います。
水の神様は、御神徳を与えてくれる優しい存在であるだけでなく、その御神威で人の生活を打ち壊す、畏れ敬うべき存在でもあるのです。
私たちの先人は、この水神とともに生きてきました。
瀧や川、湖や海、池や水源に出向くときは、その近くで祀られる水神様を探して参拝してください。
■参考文献
・「百人一首今昔散歩」 原島広至 角川書店
・郡上八幡観光協会ホームページ
http://www.gujohachiman.com/kanko/water.html
・TABITABI郡上ホームページ
https://tabitabigujo.com/appeal/traditionalwatersystem
・機関誌「水の文化」No.32、No.60、No.73 ミツカン水の文化センター